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2020年8月31日月曜日

東京の横

 


東京の横

 

私は東京の隣の県に生まれ育ち、ほぼずっと同じところにすんでいる。ここのとこ、気になることがある。

地球は活動期に入ったのか、至る所で地震が起きている。東日本大震災の時には私の住むあたりもすっかりセシウムに汚染された。またいつぞろ大地震が起きてもおかしくないと言われているが、そのとき、どのようなことが起きるか。

東京は住宅が密集し、人口も集中している。また、建築基準法上再建築できない建物もたくさんある。路地は風情があるかも知れないが震災の際には大量の家を失う人々が発生する。

避難所が整備され、被災した人はそこで暮らすことになるのだろうが、大きな問題が一つ思い浮かぶ。排泄の問題だ。

以前仕事がらみで災害に対しての心構えといえような講演を聴いたことがある。その中でいくつか心に残ったことがある。まずは、オフィス街で大地震が起きたときには、ガラスやオフィス機器がビルから降り注いでくると。何万人もの帰宅難民者が道路にあふれる。ちょうど東京マラソンのスタート地点のような状態にそれは降り注ぐ。それは生命の危機に直結する危険だが、それをクリアできたら今度は排泄の問題だ。

ひとり排泄に1から5分程度、また排便となれば510分。若者ばかりではない。高齢者はさらに時間がかかる。簡易トイレに長蛇の列。一時間待ちはザラ。おいしいラーメン屋の行列ではない。

そして、人はそのような状況を嫌気して拡散していく。人の数がまだましな周囲に。

県境・都境の川を渡ってくる。ある人は河川敷に陣どり、そこが埋まれば今度は電車でみればごみごみした家並みからカクッと土臭く茶色に広がるネギ畑へとあふれてくる。そこでは排泄行為はフリーに行われるだろう。有機肥料を脳裏に浮かべながら薄まった罪悪感と恥じらいの違和感をすぐ乗り越えて、ネギ畑が巨大なトイレと化す。

それは東京方面からばかりではない。こちらだって県内有数の数十万都市なのだからトイレが足りるはずもない。ネギ畑にトイレ戦争が勃発しないとは限らない。糞便の臭気に靄りネギ畑が人で埋まる。十分ありえる光景だ。

2020年8月30日日曜日

8/28現在資産配分状況


 日本国債 10.80

外国債券 0.88

米リート 5.61

ワールドリート 0.47

Jリート 11.40

アジアリート 0.51

バランス 0.02

米国株 5.44

世界株 2.06

日本株 0.41

日本レバレッジ 2.56

米レバレッジ 10.71

日本ヘッジ 1.57

米ヘッジ 0.00

日本個別株 12.97

現金 34.56


覚書

米 大幅上昇

Jリート ヨコヨコ

日本株 やや減 安倍首相退陣でどうなる→私はやや楽観

        下がり始めたら即ヘッジ

日本債券投信in

年初来増減 2.52

年利換算 3.39


8/28現在保有投信


-65.60 SBI-SBI 日本株3.7ベアIII

-11.93 SBI-SBI国内REIT ダブル・ベア

-11.37 フィデリティ-フィデリティ・Jリート・アクティブ・ファンド

-10.76 ピクテ-ピクテ・グローバル・インカム株式ファンド(毎月分配型)

-8.31 楽天-楽天日本株3.8倍ベア

-6.32 三井住友DS-アジア好利回りリート・ファンド

-2.36 日興-グローバル3倍3分法ファンド(隔月分配型)

-0.18 日興-ノーロード日本国債フォーカス(毎月分配型)

-0.11 大和-ダイワ日本国債ファンド(毎月分配型)

69.95 大和-iFreeレバレッジ NASDAQ100

43.99 大和-iFreeレバレッジ S&P500

30.95 SBI-SBI日本株4.3ブル

26.32 農林中金-NZAM・レバレッジ 米国株式2倍ブル

13.16 レオス-ひふみワールド+

12.75 アライアンス-アライアンスバーンスタイン米国成長株投信D毎月H無予想分配金提示型

11.01 楽天-楽天・全米株式インデックス・ファンド

10.97 三菱UFJ国際-eMAXIS Slim米国株式(S&P500)

10.50 SBI-SBI・バンガード・S&P500インデックス・ファンド

10.13 レオス-ひふみプラス

9.67 大和-iFree 外国株式インデックス(為替ヘッジあり)

9.59 三菱UFJ国際-モルガン・スタンレーグローバル・プレミアム株式OP為替ヘッジなし

9.52 ブラックロック-iシェアーズ 米国株式インデックス・ファンド

8.98 One-たわらノーロード 先進国株式<為替ヘッジあり>

8.79 ニッセイ-<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド

8.62 三菱UFJ国際-eMAXIS Slim 先進国株式インデックス

7.98 三菱UFJ国際-eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)

7.84 インベスコ-インベスコ MSCIコクサイ・インデックス・ファンド

4.95 野村-野村ブル・ベア セレクト8(米国株スーパーブル8)

4.94 三菱UFJ国際-三菱UFJ Jリートオープン(毎月決算型)

4.24 大和-ダイワJ-REITオープン(毎月分配型)

3.34 アムンディ-アムンディ・日経平均オープン

0.12 三菱UFJ国際-eMAXIS Slim バランス(8資産均等型)

 

2020年8月29日土曜日

散歩もどき


散歩もどき

 

所用があり久しぶりに午前の町中を歩いた。暑い中、仕事途中と思われるワイシャツにスーツのズボンの、自分と同じ、または少し上の世代の会社員風の男性を何人も見かける。帰属する場所があることで、どれだけ精神の安寧を享受できるか、また、帰属する場所がないことのしがらみからの開放感がどれほど精神衛生、ひいては身体的健康に貢献するものか、この方々は知らないだろうな、と思う。まあ、今の境遇に満足であれば自らそれを棒に振る必要は全くないと思われる。しかし、無職にも有職にも夏は暑い。これでも、盛夏に比べればましなのだろう。日差しはやや、柔らかく湿気がその分多い気がする。用事は思ったよりも早く終わり、証券会社2社ほどにちょっとした問い合わせをした。久しぶりにサラリーマンのような口振りで話したが、そういう話し方、半年ぐらいではさすがに忘れていない。早めの昼食を日高屋で済ませ、妻子に冷凍の餃子とニラレバを土産に買う。日高屋ではレバニラではなくニラレバだ。ニラが主体と言うことだろうか。主体と客体。何で習ったのだったか。先日、中古で買ったニコンのコンデジをぱしぱしと撮りながら帰路に着く。川縁の、霞んだような熱い空気の感じが、よく撮れている一枚があった。リコーのGRのようなニュアンスは無い。屈託なく明るい感じ。少しエッジが甘い気もする。しばらく手にしてみないと感覚がつかめない。秋の楽しみに取っておこう。

2020年8月28日金曜日

不幸に賭ける


不幸に賭ける

 

不幸に賭けるというと語弊があるか。不幸に備える、といった方が通りがいいか。投資で言うと、ヘッジ、ということになる。順調に株価があがる。少しずつ、みんなが儲かって幸福な、たゆんだ空気が相場に流れる。いつまでもあがってほしい。いつまでもあがるはず、とみんなが浮かれる。そういうときに、ふとした弾みで相場が崩れる。きっかけはいろいろ。このところであれば北朝鮮の動向で相場が混乱した。そういうとき、下がる方に賭ける勢力がある。売り方と呼ばれる。相場の資金の逃げ足は早い。落ちるときは我先に資金を引き上げる。すると一気に株価は下がる。個人投資家は売らなければいいだけの話。しかし、資金の余裕の問題や、恐怖感などにつられて、我先の群に飛び込む。そして、下がれば儲かる売り方が儲かる。あがれば得するばかりではなく、下がれば得をするのも相場。そういう立場の人がいて相場が成り立つ。不幸に賭ける、とはそういうこと。今、私は、下がれば儲かる投資に少なからぬ金額をつぎ込んでいる。意に反して、相場が連騰して、結構な損失を含んでいる。しかし、一方ではあがればあがる素直なアセットにも投資をしている。すなわちこれ、ひとりヘッジファンド。あげても下げても儲けを追求するファンドをヘッジファンドという。というより、昨今、ヘッジファンドといえば下げで儲ける方を指しているような気もする。ひとりで、顧客イコールファンドマネジャー。解約請求がない分、有利なはずだが。含み損が今夜も重く胃にのしかかる。

2020年8月27日木曜日

ヴィジュアル


ヴィジュアル

 

より視覚的に、とよく言われた。文章は読まないから、と。確かにそうだ。興味のない、しかも見慣れない言葉の並んでいる難しそうな文章など好き好んで読もうと思わない。よく資料を作ったものだが、極力読むところを減らせ、と言われた。今ならよくわかる。読まない。字が詰まっているだけで。どんなにいいことを言っても、言葉の並びに埋もれていれば誰にも届くはずが無い。届かなければ意味がないのが、仕事上の文章、読まれなければそれまで。いかに読ませるか、いかにわかりやすくするか、誰も仕事で、余計な頭を使いたくないのだ。見る方はすっと一目でわかるに越したこと無い。そのための資料には時間がかかる。頭も使う。その苦労を、認めて情けが掛かるほど商取引は甘くない。しかし、手を抜いたのはよくわかる。ああ、やっつけ仕事だなと。その時は、商取引の俎上にも乗らない。ろくに見もせず重ねられたまま。売る商品が魅力的ならば、そのような努力は無用。誰もが欲しがる物ならば向こうから来る。売ってください、と。そのとき、誰も視覚的効果などと言わない。そのような、誰もが欲しがるような商品、サービスは何か。ビジュアルに頭を使うのと、誰もが欲しがる物を考えるのと、どちらがより効率的か。そんなことで会社組織、右往左往している気がする。

2020年8月26日水曜日

その程度の

その程度の

 

年輩者と若年者で商談に出向く。対応する相手は年輩者のほうとばかり話をして、若年者には目もくれない。そのときの若年者が自分だった場合、どう対処するだろうか。私も、若年者だった時、目もくれられない時があった。黙っていると、時々、そちらの方は何のためにここにきたの、などと言われるときもある。下手に口を挟んで黙殺に近い扱いを受けることもある。いずれにしろ、戸惑わされる。このようなシーンはよくあるのではないだろうか。どうすればいいか。相手の度量が低いと思って客観視する。これは、自分の度量もその程度と激しく自己嫌悪に落ち込む危険をはらむ。しかし、そこに気がつければまだ救いがある。私は、いまでこそそんなシチュエーションを客観視できるが、当時、その場ではあからさまに不快を感じていた。まあ、だからその程度なんだなとも思う。そこを前向きに考えて、修行と割り切って相手の話を傾聴し、ひとつだけでも自分の痕跡をその商談において残す、という気概があれば、私もその時点で一皮、ふた皮、向けていたのだろうと思うが、もう遅い。そんなとき、同行した年輩者が、私に向かって気を使ってくれることがよくあった。ありがたいことだと思う。その程度と蔑まされるか、度量の大きさを人に感じさせるか、自分の努力で幾分は変わってくると思われる。しかし、幾分は、としか思えない私がその程度の度量にとどまるのは自明のことと思われる。