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2020年11月24日火曜日

根源的な不吉

 根源的な不吉

 


書けるときにはどんどん書く。訓練だ。一度、鼻血を出すほどのめり込むと、しばらくやらなかったとしても再開してしばらく訓練すればコツを思いだせると信じている。そして、以前よりもうまくやれるとも。要は再開できるかどうかだ。サッカーをやっていたひと、再度、サッカーをやりますか。そして、今回のお題は、マスコミ的な話題にいちいち、我が事のように反応を示す人についてだ。大抵、こういう書き物などをしようという人間はマスコミごとにいちいち反応して目くじらをたてたり、正義を振りかざしたり、糾弾したりする人にたいして反応が冷ややかだ。だいたい、不倫はよくない、と言っている人に対して、他人事なんだからどうでもいいじゃん、と思う人が大半だと私なぞは思っていて、よく他人事に対して目くじらを立てて我が事のようになれるな、と思う口だが、そのような人々を冷淡に切り捨てるのはひょっとして違うのではないか、などとふと思いついてしまったのでこんな事書いている。何が違う、のかよく考えずに書き始めているのでまだわからない。が、他人事に目くじらを立てる人を冷淡に突き放す、というのは何か違う。そう直感してしまった。そこに何か、問題の芽が潜んでいる。ひととひとが分断されるような何かの問題が。別に思い違いならそれはそれでかまわない。大発見のように言うべき事でもない。しかし、そこに、根源的な、人間の根源的な何か不吉が、あるような気がしてきて言わずにいられないのでややフライング気味に文にしてみた。

2018年2月3日土曜日

80年代Jニューウェーブ回想と書き物その2

前回から続きます


ほかの人が「美術館で会った人だろ」をリクエストすると「今日はリズムボックスを持ってきていないのでできない」と答えていた。
その後も何度か観に行った。
すっかりそれた。話が。
というのも平沢氏の歌詞は風刺的で意味不明の語彙も多く(たとえば「二重思考」という言葉が何度か出てきたが辞書を引いても意味が分からなかった。額面通りに受け取れば本音と建て前みたいなことかとも考えられたが、文脈の中ではよく分からない)なんだか分からないけどかっこいい、と言うのがひねくれものの心情にぴったりとマッチしたのだ。
そして、もろに影響された、といよりかぶれた歌詞を書き殴っては悦にいるというありさまであった。「よく分からないものが好き」というのはここから来ているのかなぁと思う。
その後、全く書き物が興味の対象からはずれて、いろいろして、大学に入ると、自分の基礎教養の無さ、無知さが周りとの会話からぐりぐりと感じられ、一日一冊、本を読むことに決めた。
当時、三冊百円の古本を売っている古本屋がいろいろなところにあったので、手当たり次第手に取ってみたが、結局詩集とか短編集とか、薄く短く読みやすそうなものばかりしか読まなかった。
ランボー詩集など読んだ。私小説、志賀直哉など読んだ。
すると周りがいろいろな本を勧めてくれ、それらを読んだ。作家志望の先輩がいた。
その人は不条理とか前衛みたいなものが好きで、シュールレアリスムなんてのもあるよ、と教えてくれた。結局大学一年の後半から三年に至る間に「谷川俊太郎」から「アンドレブルトン」に飛んだ。
読めば書きたくなった。
読んだら書いた。
書いたら読んだ。
自分は人とは違う、という月並みな特別感に酔い、その悪酔いはさめつつも未だにぶり返しては人生をこじらせにかかる。
ここまで来たらぐずぐす風邪を暖めてつつましく暮らしていくか。

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しばらく前の文章ですが、確かに自分は人とは違う、人と違って大馬鹿だと、無謀だと気づかされている今日この頃です

この話題
おわり

2018年2月2日金曜日

80年代Jニューウェーブ回想と書き物その1

読むから書く

もともと書き物はバンドでのオリジナル曲の為の歌詞を考えていて始めた。
よく授業中につらつらと月並みな言葉を並べた。
当時音楽シーンではパンクが大流行していて、日本でもその流れで、商業音楽とは一風変わったムーヴメントが起こっていた。
東京ロッカーズ、テクノポップ。
とくにテクノの方に惹かれた。
姉の影響でプログレッシブロックに親しんでいたので、当時のスーパー楽器であるシンセサイザーなどが最高にかっこよく思えた。
テクノ御三家(いつも思うのだがこの御三家っていう言葉はテクノには全く似つかわしくない。松平?)といえばプラスティックス・ヒカシュー・P-MODELという3バンドをさした。
YMOは別格だった。
三バンドともコンセプトは全く別なのだが、シンセサイザーを使い、ピコピコしている点でくくられた。
プラスティックスが一番ポップでおしゃれな感じと思われていたのではないかと思う。
四人囃子の佐久間正英がシンセを弾いていた。
ヒカシューは歌詞に知らない言葉がたくさん出てきて知的、当時の自分の言葉で言うと「頭良さそう」に思えた。
レトリックとか、エゴンシーレとか、何それ、でもかっこいい、と言う感じ。
しかしやはり一番しっくりきたのがP-MODELだった。
ものすごくスリリングで危ない感じがする音楽だった。
人間のピートに機械ビートを重ねたり、スパンとはじけるピコピコサウンドや、ストーカー心理を思わせる危ない歌詞が当時の都会派と思っている田舎の高校生の心をしっかり鷲掴みにした。
当時、銀座にオーディオ会社の無料ライブ会場があって、そこで生で見た。
ギター兼ボーカルの平沢進氏はどんなにエモーショナルで激しい動きをしても全くリズムが狂わなかった。
動きはダイナミックでテクノ=静のようなほかのバンドとは正反対たった。
ステージの時間が決められていたのだろう、少し早く終わってしまったようで「何かリクエストありますか?」と平沢氏が呼びかけ、「トップシークレットマン」(プラスティックスの曲)と叫ぶとその一角の他の観客から笑いが漏れたが、平沢氏からは無視された。
当時の自分は今、叱っておいた。 

次回へ続きます