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2022年6月18日土曜日

元気にFIRE生活継続中 つみレバ開始予定と 下落予想 2022.6.18


ダウンサイド %     高値から             指数

S&P500 -15         -38.6           2947.29

DOW30 -15         -33.8         24368.83

Nasdaq -20         -53.7           7434.61


ここまでは覚悟した あと少し耐えられるが ここから-10%となるとかなり厳しい

逆にこの数値に達したらレバナス3倍 SP5004倍 をつみレバしていくつもり


今のところ元気にFIER生活継続中 5年程度この生活を継続予定

 

2022年4月3日日曜日

投資で食べていくというのはどういうことか 2




相場についての思考 観察 判断はどこまでが

どう労働ととれるのか分けがたいが 実際に

入力 集計 考察作業をする時間というのは

週あたりに集約したとしてせいぜい1時間程度

である ツイッターで相場の雰囲気を見つつ

何人かのアナリストの意見を読み それらを

もとに自らの判断で投資作業をする あたりも

あれば外れもある 外してもいいように投資額

を管理厳守する 今している仕事と言えばそれ

だけである

そこには他社との軋轢もノルマもないし 圧力

も競争もない 付随する報告業務もプレゼン

もなく 営業も備品管理もない つまり付随雑務

はほぼないに等しく 暮らすためにいろいろと

雑事に追われることが全くない生活をしている

と言える 逆の視点を持つならば勤め人とは

直接の利益に関する以外の無駄な作業をな

んと行っていることだろう なんとそれらの雑務

にまみれていることだろうと見える 仕事 という

行為自体が幻想のように思える 日報を付ける

ことの意味など 限りなく希薄なものに見えてくる

儲かるか 損するか 身銭が増えるかなくなるか

の二択の世界が投資生活なのである

夢や希望 生きがい 人生の意味 それらから

いくらでも遠ざかれる生活である とても単調で

暇な時間が充実感なく過ぎていく それでも

資産が尽きなければ生活ができる こんな暮らし

は人間として間違っている といわれれば そう

かもしれないが 精神を病んでまで極限まで

労働するのが人の道かと思えばそうとは言えない

疲弊した人たちが他人にきつく当たり弱い者へ

怒りを向けているのを見聞きすると こちらの

人を傷つけもしない傷つけられもしない 自由

かつ自己責任の生活の方が自分にも社会にも

優しい気がする

だが このような生き方はあくまで社会の特例

またはバグのような気がいつでもしている とく

に威張れるものではなく 後ろめたさがなんと

なくつきまとう 働く とりわけ 人の役に立つ

ということの尊さには長い勤務生活から離れて

ようやく気が付けたところである 他人のため

を思いやる生き方の美しさは年齢もあってか

最近とみに尊いものだと感じている

ならば それらの活動に身を投じるか といえば

やらない 自分の性格に合っていない 他人に

奉仕するという気もちが希薄だ それが悪い

とも特に思わない ともすれば自傷他害に走り

たがるのが人間の本質の一つであると思うが

この生活のおかげでそちらの方向へ行かずに

すんでいる 私に不快な思いをさせた他人が

煩悩のさなかでもがいていると考えるとこの

のんべんだらりとした生活も悪くは決してない

だた本来人間の生は退屈だと思うだけである


 


2022年4月2日土曜日

投資で食べていくというのはどういうことか 1

 


投資で食べていくというのはどういうことか

投資対象に投資をして対象が値上がりした時

売り抜けて値上がり益を得る または配当を

受け取る という非常にシンプルな営為であり

タイミングの判断 破産しないためのリスク管理

が付随する作業となる 特に毎日ガチャガチャと

取引する必要もないし リスク管理だけきちんと

していれば暴落しても破産はしない 逆に破産

しないようにするのがリスク管理である

ある程度の年齢になれば年金が支給される

額は減少するかもしれないが 私の年代で言

えば多分 極端な年金額減少というのはない

だろう 現在 支給年齢を70歳にするという

案が出ていないので9割以上65歳になれば

年金を受け取ることが出来る 支給開始年齢

の変更には10年程度の時間を要する 前例

からするとそうなっている へたにいじると政権

が飛ぶ そのくらいシニアパワーの強い国にな

っている 

投資のタイミングを計る 相場の波を読む 推移

を予想する それらは過去の資料から読み解

いたり 指揮者と言われる人の意見を参考に

したり(信じたり 鵜呑みにしてはいけない) 勘

を働かせたり 知恵と運と情報が必要となるが

こればかりは実際にやってみないと会得する

のは難しいし その過程で何度も失敗が重な

るものだ

自信の年齢 資金力 を総合してアーリーリタイア

に踏み切ったのが52歳で 漫然とした甘い

姿勢からあっという間に退職金相当を信用取引

の売り で失った この時 かなり本気で追い込

まれ リアルに自殺を考えたが よく考えたなら

アッパーマス程度の資産はまだあったし まだ

リタイアから何年も経っていないので思い直した

ただ 働いていない妻子がいたので精神的

には相当きつかった

それで今 2022からの米国利上げに際しての

相場のごたごたで相場は-20%近くまで調整した

が とりあえずなんとか年金受給年齢 あと

約7年は何とかきつくも持ちこたえられる資産

ポートフォリオとなっている


2022年4月1日金曜日

2022年4月1日からアーリーリタイア6年目に突入しました

 


2022年4月1日からアーリーリタイア6年目に突入しました

きっと そんな手持ちでリタイアしてんの? と思われる資金力だが娘の私大の大学学費も確保したし 妻も働かせずに何とかやってきた だめになったら夫婦そろって働こうと思うが 今のところ破産確率は低い 一年一年 投資活動を積み上げていくだけだ


で すんごく暇 特に充実した人生とか関係なくひたすら暇 五年も暇しているとやりたいことも尽きてきてほんと暇 こんな時間を人生で何年も過ごせるなんて思ってなかった こんな生活だから見える平坦な景色 意識限りなく低くて暇

2021年12月31日金曜日

2021の投資活動を振り返る

投資利率 29.1 %

勤め人時代を通じ 生涯最高年収達成



主力は

大和-NASDAQ100 3倍ブル

大和-NYダウ・トリプル・レバレッジ

大和-iFreeレバレッジ S&P500

年末にほぼ全決済

年末に100万ずつ注文 年明けどうなるか


そのほかは

アライアンス・バーンスタイン・米国成長株投信Cコース毎月決算型(為替ヘッジあり)予想分配金提示型

アライアンス・バーンスタイン・米国成長株投信Dコース毎月決算型(為替ヘッジなし)予想分配金提示型

で配当確保


日本株は

SBI-SBI日本株4.3ブル で下がったときに買い 上げたら売り

今はほぼノーポジ やや勝



日本個別株は

エムスリー

SBG 利確

いずれもコロナ時にいじった ただ株

高値から80万くらい下がったところで売り 握力が強すぎた


日本株はともかく

米国については下げたら買い という単純な手法で勝てた簡単な年だった(結果として)

来年はこうはいかないだろうと予想
年間生活費を利益目標として正月にいろいろと構想を練りたい

娘も大学に合格しいい年でした

良いお年を!


2021年5月2日日曜日

連休明け

 連休明け

 


いったいどれほどの勤め人が胃をいため決死の思いで、そこまではいかなくともどんよりと憂鬱な気分で職場に向かうのだろうか。昨日からぽつぽつと電車での人身事故の報がメールで入ってきている。どのような事故なのかはわからない。自殺とは言わない。私がいま若い勤め人で、仕事がうまく行っていなかったらどうだろう。転職に踏み切るか。それとも商売を始めるか。どちらもあまり希望のもてる選択だとは思えない。なぜそう思うのか。今の日本に希望を見いだすことが出来ないからだ。こういったネガティブな感情はいつの間にか醸造され気がつくと蔓延している。ほかの選択肢がことごとく霧消し、苦行のような物しか自分には残されていないと感じてしまう。私も長い時間かけていろいろな要素で根腐れていった。外的要因も内的要因もある。胃が痛み健康診断で慢性胃炎と診断された。何もやる気が起こらない日々が本当に長く続いた。この社会は万人にフィットしたものではない。なんとなく折り合いがついているように感じられれば幸せな方だろう。私は戸建ての家も建てず、いい車にも乗らず、しかも長く乗り、無駄遣いを極力しなかった。幸福は自由にしかないと早くから感じてしまったからだ。かといっていきなり職場からエスケイプする勇気もなく、出来る限りの保険(生活費用)を準備してきた。そして運良く、早期退職を勤め先が用意してくれて、ほぼ目標額を確保できる見込みが立ったので辞めた。いい選択かどうかはわからない。しかし、ゴールデンウイークが明けてもすがすがしい気分でいられる幸せをまぶしい朝日に照らされながら、しみじみと今感じているのは紛れもない事実だ。

数年前の連休明け
2021年の連休明けもさわやか

2021年4月26日月曜日

理想の朝食

 理想の朝食

 


現在午後九時二十分、この時間に書き物をすることはほぼない。ニューヨークが始まる前、ヨーロッパが開いてしばらく、相場を観察しながらたまに為替取引の設定を微調整して、テレビを見ながらだれている。六月終わり、為替のボラティリティがきつい。一時間に五六万程度の値幅でぶんぶん荒ぶっている。何だか・・一荒れ来そうだが悩んでも仕方ない。こんな時は朝食について考えたい。

私は、ご飯に味噌汁、おかずが三種などといった食事を朝食にとったことがほとんどない。幼い頃は一汁一菜の様な食事をしていた気もするが、思春期のあたりからはパンにしていたかと思う。パンに片目の目玉焼き、それを半年だとか。同じものをしばらく食べつづけても別に平気な質なのでこうなる。それでそれがイヤになり次は同じ菓子パン半年、次はハムサンド半年、そんな感じだ。単身赴任の時は100%のリンゴジュース一杯で仕事に行った。当然腹が減る。事務所を出たらすぐに食事をしていた。11時オープンの吉田うどんの店。それも半年ぐらい続けたかもしれない。結婚してからはもう本当に適当だ。きちんと朝食を子供たちと囲んだ記憶などない。テレビドラマでそのようなシーンをよく見るがどういう時間帯に食事しているのか。私は長いこと七時くらいのバスに乗って仕事に出かけていた。朝はあまり腹が減っていないというのもいい加減になりがちな原因だ。いい加減にすませて始業の頃、もう腹が鳴っている。それがいまいちふんばりが利かなかったり詰めが甘かった原因かもしれない。

では、理想の朝食とは、どのようなものだろうか。和食ならご飯、粒だった炊きたて、赤味噌の味噌汁、具はほうれん草や油揚げ、豆腐など二三種、そこに高菜などの小鉢、納豆、卵焼きの中が少しトロッとしたもの、少しの野菜サラダ、なかにポテトサラダやハムが入っているような、そして肉団子二三個。こんな朝食がいいと思う。それに近い朝食を妻の実家に何日か泊まったときに義母が用意してくれた。義父はいつもこの朝食で仕事へ行くのかと思い羨ましかった。やればできると妻は言う。しかし、やらせるつもりはあまりない。朝食が遅い昼食になりそうだから。やりたければ自分ですればいいのだが、狭い台所に大人二人は本当に邪魔くさい。

明日の朝、トラブル続きのPCと世界の株価と為替がどうなっているか気になる。そしておそらくどうであろうと、簡単なパンとリンゴで朝食をいつものようにいつの間にか済ませていることだろう。


これは言ったいい何時の事でしょう
二三年前の6月の事でしょう

2021年4月25日日曜日

本格中華

 本格中華

 


そういえば、食べていない、中華料理。町のラーメンはたまに食べている。そうではなく、大皿で、回るテーブルに乗っている中華料理。といっても私も別に食通ではないので、そんなに何度も中華料理のレストランに行ったわけではない。東天紅。上司に中国好きな人がいて、一人でヒョイヒョイ中国へ行っていた。言葉も独学でマスターしていて、現地人と親しく、土地の人が食べる中華の味を知る人だった。その人曰く「中華料理の醍醐味は、後味にあり」。本当においしい中華は食べた後に、口中にいい香りが微かに残り、それが余韻として楽しめるものなのだと言っていた。中華の余韻とはどんな香りなのだろう。山椒の辛み? 香菜? よくわからない。が、少しずつ出てくる中華のコース料理をなぜだか食べたくなっている。蒸し鶏の前菜、カシューナッツ炒め、焼豚、スープ、少しずつ小皿に盛って、人に気を使いつつ、お腹いっぱいになりそうでならない、そして、私の嫌いな魚介は残して、少しずついろいろな種類を食べたい。今、横浜中華街も食べ放題が花盛りと言うことらしく、どういう形式なのかわからないが、回るテーブルではなくていい。人に気を使うのももういい。とにかく、いろいろな種類を少しずつ。少しずつだ。

2021年3月29日月曜日

だましだまし

 だましだまし

 


2日連続のPCトラブルだ。電源を入れてもすぐに落ちてしまう。

いよいよだめかとサプ機の整備に取りかかった。

その間、さまざまな対処を試みてみたが芳しくない。

最後に、埃をブロアでよく吹き飛ばし、どうもスイッチの接触あたりに原因がありそうと踏んで、二度ほど棒でひっぱたいてみた。

すると、直った。

埃がたかっていたのか、それとも小虫が入り込みでもしたか。

とりあえず復活した画面を見ながらこの文を書いているのだが、早晩買い換えを余儀なくされるだろう。

だましだまし。

いろいろな物をだましだまし使っている。ベースのコードは断線寸前のものを、スピーカーはジャックを抜き差しして、カメラは黒いしみを、運動不足の体を、だましだまし使っている。炊飯器はとうとうふたがはずれてだましきれなくなって買った。

だましだましと先延ばしは仲良し。切っても切れない縁。

仕事も、そういうことが多かったかもしれない。ここで負の遺産を精算してやる、などとつゆほども思わなかった。上はそれを求めてきた。

だましだまし、先延ばし。

身動き取れなくなってようやく腰を上げること多数。こういう人間はフリーの仕事に向かない。最近それを強く感じ始めている。

自分を律する。自分で。

それもだましだまし先延ばし。

2021年3月28日日曜日

忙しくない

 忙しくない

 

暇ではない。しかし忙しくはない。勤めている頃に憧れた生活とは現在の投資生活は全く勝手が違う。

まず、自分を律することの難しさはフリー三ヶ月でいやと言うほど自覚できたが、だからといって律せるか、といえば流される。何事も想定通りにうまく行くことはない。できていることと言えば相場観察とこの短い書き物を続けていることぐらい。ドラムは一日二時間は練習しようと思っていたし、セッションにもどんどん出かけようと思っていたが実行に移せていない。しかし、それらすべてを勤勉に実行したところで自己満足に過ぎないことも分かっている。

で、時間に余裕があるとどうなるかと言えば、身の回り半径二メートル程度のことを考えるようになった。たとえば、収納や居心地の良さの追求、整理や飾り付け、あるいは食べることに関してのいろいろな工夫、レシピの追求など。完全に主夫思考。


たぶん、それまで社会で組織に属していた人間がフリーになるといくつかのパターンに行動が分かれる様に思う。旅に出る人。勉強を始める人。主夫になる人。あとは、何もしない人。私は何もしないと主夫の割合で四対二程度か。あとの四割は相場に関する何かをし、このような文章をかいて、お遊び程度に楽器をいじっている。しかし、このバランスはいつの日か崩れてしまうのだろうか。

2021年3月20日土曜日

珪藻土マット

 珪藻土マット


 

誰にでもこれだけは許せないということがあると思う。我妻の場合、脱衣所のマットが必要以上に濡れるのがどうにも許せないらしい。テレビで珪藻土を使ったマットというのを紹介していた。水を吸い込み、すぐに乾く、あるいは乾いたような足ざわりになる。確か、東急ハンズだとかニトリだとかで、四千円弱で売っていたかと思う。仕方ない。買うか。と思っていた。たまに外食をする。その後、ジェーソンに行ってみた。何ぞ、と思われるかと、説明すれば、ディスカウントスーパーでジェーソンというチェーンがある。そこへ行った。バッタ物というか、大量に仕入れて売れ残ってしまったという体の電気小物などが安く売っていたりすることがあって、たまにのぞく。特にその日は出物は無かった。モバイルバッテリーがたくさん売っていたが、気安く買える値段でもなかった。ジェーソンもつまらなくなってしまったか、と思いつつ妻が見ているあたりに寄っていったら、あった。珪藻土マット。999円。これだよ、これ、と妻に言った。おまえはいつも濡れたマットが嫌だと言ってるだろ、これ、買おうと思っていたんだよね。マット、重い。どこかで売れ残ってここに流れたか、見つけた。買った。早速、風呂上がりの足場に置いた。不思議な感触。プールから上がったとき、灼熱のコンクリートにすぐ水が吸い込まれ、蒸発する感覚の熱さを抜いたような。娘がきてわざわざ水をこぼす。また余計なことを。さすがに大量の水はすっと吸い込まれてはいかない。水濡れの後をタオルで拭いていた。意味なし。しかし、通常使用においてはおおむね満足。これでよかろ、妻。なぜあんなに安かったのかは少し気になりはするが。


石綿入っていたかも

2021年3月19日金曜日

集計の苦悩

 集計の苦悩

 


朝、起きるとまず前日のダウや米リート、米10年債などをチェックし、集計シートにつけている。また、投資金額や口数、現金残高など、エクセルで管理しているのだが、同一銘柄が二段に分かれて集計されていたものを一つにまとめようとして、怪が起きた。一つに集計し、まとめた片方のセルを消そうとするとなぜか二倍の数値が消える。そこで、そのセルの成り立ちをたどってみると、複雑に別のページにをぐるぐると回っていて、こんがらがっている。ああ、これが自分の性格だ。何かの機材を繋げるときに、コードを無造作に重ねたり押し込んだりするので、何がどうなっているのか、何かの際に後で思い切り苦労する。全身汗をにじませながら、なんでこんなことせなあかんのか!と苛立つのだがそれはすべて自分のせい、と言うわけで怒りの矛先は自分のはずだが、気がつくとコードが切れていたりする。それと同じで、いろいろなところにむやみに計算を広げて訳が分からなくなってしまっている。その上、なんだかいつの間にか1.8メガほどの大作にドキュメントが育ってしまっている。シンプルな集計しかしていないのに何故か。そのおかげで立ち上がりに時間がかかって困る。たしひきかけわりだけの計算内容なのに。そしてまだ今年は半年しか経っていないのに。

このパソコンは
win7終了に伴い引退
win10に買い替え
しましたが
いつも安い中古を買うため
すぐ調子がわるくなり
このあいだ
再インストールしました
時間かかりました

さいいんすとーる

2021年3月18日木曜日

業務スーパーふたたび

 業務スーパーふたたび

 


食費節約かどうかもはやわからない。業務スーパーの冷凍ソラマメとプリンが好きだ。ソラマメはゆでると水が黒くなると妻が言う。その黒の成分はいったい何だろう。しかし、一袋ゆでて皿に大盛り。勢いに任せて継ぎ目なしに口に運ぶ。ソラマメのあのにおい、その成分は何なのだろう。無臭ではソラマメの味わいは半減するだろうが、あの臭い。プリンはゼラチンがきつめ。口の中で粘る。それがいい。牛乳パックに入っていて、出しづらい、と妻が言う。小皿にたっぷり、ぶるんぶるん揺らして持ってくる。多めにスプーンにとって吸い込む。口全体に回し拡げて、ちゅる、と飲み込む。甘党。好きなものは好き。仕方ない。ここのところ業務スーパーでまたベリベリユスフルなものを見つけた。ラーメンのスープの素だ。なんと十二倍希釈。どろっとしている。お湯に溶かしてネギを散らせば、チャーハンについてくるスープ、あれが見事完成。その他、チャーハン本体にも、冷やしラーメン(中華ではなく)にも、野菜炒めなどにも応用できそうだ。キャベツのざく切りに長ネギ、豚バラと卵などで炒めてみても美味しそうだ。マンネリ化していた昼食にあらたにニューカマー加わる。

2021年3月1日月曜日

メモについて

 メモについて

 


ここのところは打ち合わせにノートを持って臨むというのが仕事上の流行だった。メモ帳ではなくノート。あれは私の回りだけだったのか。とここまで書いて、FXのシステムがエラーを起こした。アイネット証券!!! 機会損失どうしてくれる? サポートセンターの電話も探せないし。こんなことがあったので早々に口座を引き上げることにする。さくっと。で、話を元に戻すと、メモ。仕事上取ったメモは日時などねスケジュール以外、なんのことかよくわからないことが多い。雰囲気でペンを走らせて、「機会」なんて言葉に二重丸がつけてあったりする。何だ? 今は、いくつかの場所にノートとペンをおいて思いついたことは何でも帳面に付けている。ほとんど単語ばかりだが、それでもそこからずるずると何を考えたか手繰れるのでビジネスの時よりは今の方がメモ役立つ。吉岡実という現代詩の巨匠がいて(知っていますか。詩人と言えば谷川俊太郎、あとせいぜい大岡信が辛うじて知られているぐらいですよね。その筋ではとてつもなくすごい人なのですが)メモは取らないと言う。そのとき浮かんだ想念が本当に自分に重要なものならばメモにしなくても必要に応じて浮かんでくる、と。それを読んで、なるほど、と思い、プライベートではしばらくメモを取らなかったことがある。仕事上ではもちろんとった。重要な想念など仕事上一つもなかったので。メモを取らない結果、どうなったか。凡人には二度浮かんでくる重要な想念などなく、なんか、凄いこと思いついた、という感触ばかりが残って忘れたことをもったいなく思うという不毛な状況ばかりが何度も去来した。従って、今ではとりあえずメモをとる。コロッケ、とか蚊帳、とかVHSとか脈絡のない単語がノートにぽつぽつと散らばっている。それが文章に発展することもあれば、エピソードの一つとして散りばめられることもある。今、散髪という単語に二重丸がつけられているがどうしてかもう思い出せない。

2021年2月28日日曜日

変なスペースその後

変なスペースその後

 


雑多な物を片づけて、古い座卓をおいてみたら座禅に適した変なスペースができてしまったことは以前に書いた。何とか、その座卓を乗るものではなく、読み書きとして使えるようにできまいか。日曜。娘を口説いてみる。ここにドラムの椅子をおいてみるだろう、そうするとちょうどいい踏み台になって、危なくなくあそこに上れるって寸法だ。どう。まあ、どうでも。じゃ、おやじ、やってみるからな。とドラム椅子を組み立て、娘の枕元のぬいぐるみ群の中に足を埋め込むように無理くりしつらえてみた。たしかに、座卓の上に登るのは格段に楽かつ安全になった。が、椅子と座卓が近すぎて座って読み書きにはずいぶんと無理な体勢を強いられる。ああ、やっぱり無理があるか、としばし悩む。あ、思いついた。新たにテーブルを買って、反対側に置けばいいのだと。せっかく作ったあの、奇妙な一段高いスペースは無駄といえば無駄になる。が無駄と思わなければ無駄ではない。つまり、どっちでもいいのだ。問題は、椅子と机をまともに置けるスペースすら作れない我が家の状況にあるのであって、その状況は工夫により解決するか、断捨離を決行するしかない。しかしそこはへそ曲がりかつとっておく派の私のこと、断捨せず人から見たら阿呆としか見えないかもしれない工夫を凝らしてみることとしよう。日曜の昼下がり、娘は卓の上のウクレレ弾きとなっていた。無駄じゃないんだ、無駄じゃないんだ。 

2021年2月27日土曜日

第二作業場をつくる

 第二作業場をつくる

 


午後は眠い。最近ひどい。コックピット(今の作業場)にあぐらをかいていても、足が疲れて横になってもいずれにしろ寝てしまう。寝過ぎも死亡リスクが上がると言うが、このままで行くとあと5年くらいで死んでしまうほど寝ている。しゃれにならない。時間ももったいない。もう一つ、椅子に座る形式のちょっとしたスペースを作りたいと思っていた。目を付けているのが娘の寝ている枕と壁の間のスペース。背の低い引き出し式の衣装ケースが置いてある。その上に板を渡して、机にしたい。角なので集中しようと思えば出来る。椅子にはドラムのスツールを使おうか。回転と高さは調節できる。本来、バスドラムに消音のヘッドを張ってフットワークの練習をしようと思っていたが、向きを変えればそんな気分転換も出来るようにしたい。足踏みは健康にいいらしい。机では本を読みたい。ここのところ、全く本が読めない。以前は夜、寝る前に少し読めたが、今はNYの場が開く時間と重要指標などの時間までは起きていて、結局そのままコックピットで寝てしまうことも多い。少しずつ生活が崩れている。とくに、本はほぼ積ん読く状態100%で、新たに買って読んでいない物ばかりどんどんたまってきている。一番の原因は老眼だ。今は普段からも老眼鏡をかけないと生活に支障が出るほどだ。しかし、度が強いとこれまた生活に支障をきたす。読書用ルーペを用意して机で、少しずつでも本腰を入れた読書がしたい。そうしないと寝すぎで早死にしてしまう。いわば第二作業場の建設は命を懸けた急務である。早急に着工したい。

2021年2月24日水曜日

大型連休があける

 大型連休があける

 


ゴールデンウイークがあける。以前なら休み明けの3日前くらいから徐々に憂鬱になり始め、最終日の朝には起きたとたんにどんよりと沈んだ気持ちになっていたものだった。仕事は嫌いだった。しかし、それを出来るだけ表に出さないようにしていた。仕事はできるほうでも出来ない方でもなかったと思う。しかし、本当に勤めに行くのは憂鬱だった。なんだか、職場のよどんだ空気、それは私が知らずに漂わせていたものかもしれないが、しまりのない、けじめのない感じののっそりした気。今となってはすこし懐かしくもあるが、あの日々には二度と戻りたくない。そして職を辞してゴールデンウイークが初めて明ける。この嘘のような憂鬱感のなさはいったいなんだろう。週明けからの相場に早くも意欲がわいている。待ち遠しい。仕事が楽しくて、早く休みなど終わってしまえ、という人は同じ気持ちを今抱いているだろう。早くも仕事モード、準備にビジネス書など読んでみたり、朝早く体を動かしたり。そういう人はそれで幸せ。本当に幸せな人だ。私も出来ればそうありたかった。しかし、違った。定年までの時間が、嫌なことをして過ごす時間がもったいなかった。好きに生きてみたかった。嫌なことをせずに。そして夢が叶った今、私は怠け者だったのだ、という諦念とともに嫌なことを強制されない幸せとすこしの焦りを心にゴールデンウイークが明けるのを待っている。

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書き溜めたのを出しているので
こんなこともあります
ご容赦くだされ

2021年2月21日日曜日

コックピット改造

 コックピット改造

 


私の居場所は一畳半ほどの部屋の角、ソファの後ろのスペース、通称「コックピット」と何度か書いた。そこに座椅子を置いて、前のめりに手を伸ばしてPCのキーボード操作をしている。といっても文章はポメラで書いているので、あまりキーボードをいじらない。コピペなどは通常マウスでしてしまうので、普段何をしていてもそっくりかえった格好になる。部下にひとり、そっくりかえった姿勢で仕事をする人間がいて、あまり気分のいいものではなかったが、私も場合によってはいすの上にあぐらで仕事したりしていたので人のことは非難できない。いまはどんな格好で何をしてもいいのだが、子供たちに遊んでいるように見られるのではないかと、いかんなぁ、と思っている。実は、子供たちに遊んでるように見られる、というのが最大の心配事で、いすに座っていれば何となく暮らせる、と思われるのが一番困る。いまのコックピットスペースを改造して、机をきちんとしつらえて、いつも机に向かっているようにすれば多少仕事感がでるかもしれないが、私は小さい頃から机に向かうと言うことが苦手で、座卓やこたつなどをいつも使っていた。机と椅子という組み合わせがどうもだめで、ぎちぎちに肩が凝って頭痛がしてくる。いい椅子と机ならそうはならないのかもしれないが、座椅子で充分。しかし、ポメラを膝の上にのせての書き物は背中が丸まって疲れる。そこで、ソファに板を渡して、机代わりにする事を思いついた。私の座椅子はソファと手製棚の間に挟まれている。その幅約80センチ。そこに渡す板を探しにホームセンターに行ったところ、400円前後でよさそうな板があったが、どうもしっくりしない。厚すぎる。重い。いろいろ見てまわると端材のコーナーがあって、そこに70円でベニヤが売っていた。サイズ、厚さ、ちょうどいい。少したわむぐらいの方が軽くてポメラも打ちやすいのではないかと思った。渡さないときにはかたしておくので、かさばらせたくないのだ。で、それを買い求めて今、この文を打っているがなかなか具合がいい。今までも膝の上で打つときには板を膝に乗せていたが、渡しかけて目の位置があがる方が今までより疲れない。何よりたった70円でコックピットが改造できたということがえもいわれぬ充足感を産み、自己満足が伝わるかどうか、この文章をものしてみた。

2021年2月20日土曜日

雨の外出

 雨の外出

 


本日四月十一日、冷たい雨が降っている。外気が低いのだろう、窓には結露で表が見えない。白いだけだ。窓の外には借景の桜が見えるが、それは曇り止めにシャンプーを薄めた水の霧吹きをかけたからだ。花の固まりから新芽が緑に伸び始めている。今日は外出しようと思っていた。雨でも車で出かけようと思っていた。が、やめた。特に急ぐ用事でもなく、寒い雨の日に何故出かけなくてはならないのかと疑問に思ったからだ。仕事ならおいそれと天候で穴をあけるわけには行かないが、期限のある用事ではない。ならば、今日でなくてもいい。それが無強制者のいいところ。相変わらず為替は行ったり来たりで方向感が出ない。いったん四月に大部分を手仕舞いして、改めて退職金と合わせてポートフォリオを考え直したい。そろそろセルインメイが来てもおかしくない。ドカンと下がる前触れとして、週刊誌の株話題、微妙な具合の経済ニュース(たとえば、漠然と暴落に備えようという少数派の記事が出始める)、東アジアの情勢(北朝鮮・中国)のきな臭さ、などから、8割程度、撤退しておこうかと考え、本日一部売り注文を出した。とりあえず任意継続の健康保険半年分、国民健康保険料、生活費などは別にしてある。昨年までも、退くときに退かず損失を残したままになった。それがいつかわからないが、ミスが許されない立場になったので用心しておこうと思う。

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しばらく前の話ですね

北朝鮮うんぬんいってますから

このあと強烈な踏み上げ

2021年2月18日木曜日

不審者

 不審者

 


昼間からうろうろ不審者。スーツを着て、首に社員証をつけて、子供に目的の家の場所を訊ねる。意識の中では仕事で来ているというベースがあるので、不審者ではないと思っている。これが、私服で、何の目的もなければ、というより、暇に任せてランダムに何らかの方法で住所を特定し、そこを訪ねて現地を確認する、そんなゲームの一環として住宅地をうろうろ。不審者ではないといっても通用しない。何の目的で。ミッションです。何の。それは言えません。ちょっと来てもらえますか。となるだろう。そこで、何の組織にも属していないとなれば信用ゼロ。アリバイを証明するのは身内だけ、しかし身内の証明はアリバイにはならない。家にいた。本当か。本当に家にいた。誰か証明できるか。だれも証明できません。目撃情報に背格好、衣類、年回り、偶然一致。恐ろしい。ないとは言えない。私がなにより恐ろしいのは身体の自由を奪われること。拘束だ。体を動かそうとして動かない。きつく身動きを抑えられる。それが病的に恐ろしくなりしばらく前から服薬を始めたことも退職の遠因の一つなのだった。