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2020年10月22日木曜日

雑誌について

 


雑誌について

 

いままでいろいろな雑誌が発刊され廃刊になった。その中には伝説の雑誌としていまだに口のはにのるものもあればその時代のながれでぼわっと次々に芽を出してそのまま枯れていった草のような雑誌もたくさんある。雑誌はおそらくあたれば大きいのだろう。コンビニに並べば、なんだかわからないが買ってしまう。そういうこともあっただろう。四コマ漫画がものすごくはやった時期があった。バブルがはじけて数年と言った頃か。なんだかの四コマが爆発的にヒットし、それを追いかけてさまざまな漫画誌がコンビニに並んだ。ほのぼの系の家族で楽しめるものから、下ネタ系、さらにマニアックなものまで次々に発刊された。私はあまりほのぼの系には興味がなくかといって下ネタ漫画では刺激がたりず、どのような層をねらいどういうコンセプトで発刊されたのかがわからないようなものを好んで買った。というより割と手当たり次第に何でも買っていたのでそのなかにそういう雑誌が混ざった。「まんがガウディ」「まんがシャレダ」「まんがジャパンダ」聞いたことあるだろうか。当時の雑誌はほとんど捨ててしまったが、これらは後にネタになる(何の?)と思いとっておいた。作家陣は知った人から知らない人までさまざま、絵のクオリティも落書きていどのものから、いまでも生き残っているひとのものまでとりどり。いずれはこのような雑誌、本なども商っていきたいと考え、ためしに「まんがジャパンダ」をネット検索してみたところ全くプレミアがついてなかった。順当なところか。

2018年2月4日日曜日

古本屋巡り

古本屋巡り

しばらく古本巡りをしていない。
ネットに頼って出歩かなくなってしまった。
お茶の水、早稲田、中央線沿線、たまにはそのすべてを一日かけて回ったりもした。
早稲田の古本屋街は通りに古本屋が点在して整然とした本屋もあれば、雑誌類が雑然と積まれているところもあった。
ひとつひとつパラフィン紙に包まれた純文学の、たしか、平野書店、大切に本を扱っていたがそれほど高くなかったと記憶している。
大変な手間だろうな、と思った。
私は、現代詩集など読みあさっていて、早稲田は結構扱いがあったと思う。
カミングスやアンリミショーは早稲田で求めた。
その頃、探していたのは中井英夫の文庫版「銃器店へ」や山川方夫の文庫本などだ。
そこで捜し当てたか忘れたが、本棚にあるのでどこかで買ったのだろう。
覚えているのは朝吹亮二の「封印せよ、その額に」をどこかの外棚から掘り当てたことだ。
薄い本なので気づきにくかったが、その頃は外棚までくまなく見て回っていたのを思い出す。本にどん欲だった。
とにかく、いろいろな本を読みたかった。
いろいろな映画、絵を見たく、音楽を聴きたかった。
本代を惜しまなかった。
しかし古本が中心にはなった。
買おうか迷ったときに買わなかった本はその後長く手には入らない。
そういったことが重なると、とりあえず買っておかなければ、というある種の強迫観念にとらわれる。そんな中、ついぞ手に入らなかったのが池田得太郎という人の「家畜小屋」という本と小田仁二郎という人の「触手」という本だった。
以前「幻想文学」という雑誌があって、「幻想純文学」という特集の中で紹介されていて、読みたいと思っていたものだ。
今は二点ともネットであっさり手に入れた。
しかしあのころの情熱は失われ、未読となってしまっている。
手に入れて満足してしまった。暇ができたのでいずれ読もう。
それから、いまではめっきり見なくなってしまった背表紙に葉っぱのような物が描かれた講談社文庫は当時まだありふれていた。
今ではあまり読まれない福永武彦や大庭みな子などの作品が文庫化されていた。
それは講談社文芸文庫となり、ど高い値段で新刊になっている。
あとは、早稲田の古本屋でよく見た本で、ミネカイヅカというひとの白い箱に入った「夜の花ざかりまたは小説」という本。
早稲田の古本屋の二つに一つにはあったような気がする。
白い箱に題名と著者名の背表紙。ぞっき本のようなたたずまいの、いまもあの本はあるのだろうか。あれは、どんな内容の本なのだろうか。

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薬が効いて やっとこさ更新しています
いけるとこまでがんばります