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2020年10月7日水曜日

世界の体温

 世界の体温

 

投資をやっている人

はおなじみ朝の経済ニュース。佐々木アナはきっちり
NY勤務を三年こなして、今や堂々たる経済アナだ。うちではあっこ姉さんと呼んでいるが、読みも話も噛むこともなく、ぱりっとしてかっこいい。で、その合間にCMが入り、「経済はこの国の体温でもある」などとやっているのだが、世界経済については前言に倣うなら「MSCIコクサイ指数は地球という星の体温である」と言うことなのだろうか。ここのところ、世界は微熱に浮かされている。ちょうどほろ酔いの、宴会のはじめのあたりか。地球を体にたとえるならば、どこの国がどの部位に当たるだろうか。アメリカは脳と心臓か。これはまあ異論はなさそうだ。口から胃、肺のあたりはそうなると中国か。中国は腸の一部まで食い込んでいるような気もする。ヨーロッパはどうだろう。肝臓とか腎臓とか、さしずめ、内蔵の重要臓器と、その辺りの位置? あ、ロシア中央アジアを忘れた。ヨーロッパ辺りと役割を分担だ。南米、アフリカ、その辺りは排泄系を担当してもらおう。オセアニアも手伝ってくれたまえ。で、肝心の日本は? 食道? 口腔系? 十二指腸? イメージでしかないが何か地味。極東周辺は内分泌担当か。中東は筋肉を担ってもらうか。では、あれ、盲腸は? 世界の中で盲腸は何処か? 

2020年10月6日火曜日

大人の勉強

 大人の勉強

 


ある時から詩や小説について勉強する代わりに経済や投資を独学するようになったら、ヨーロッパの歴史や世界大戦に至る経緯、恐慌や革命、産業の歴史などの薄ぼやけた理解が、ただ単に上がりそうな投資対象にベットするだけなのに、オートマチックについてきた。さらに、アラブやイスラム、モンゴル帝国から中華人民共和国まで、広く浅くに断片的な知識を得られた。それは教養というほどのレベルではないが、常識よりはやや上の知識ではないかと思う。ただ、興味がなければすぐに忘れてしまう。プレトンウッズ体制だか、プレストンウッズだか。あるいは両方誤りか。ただ、この何とか体制あたりはまあ、常識の範囲だろう。キリスト、やムハンマド(むかしマホメットではなかったか?)十字軍やラッダイト、パリ五月革命や第三帝国、そのあたりは歴史的事実として学校で習いはするが、それがどのように現代へと影響を及ぼしているか、また、歴史的事実がどのように絡みついて経済をも動かし、紛争や戦に発展するのか、そこまではどの学校でも習わなかった。習っても忘れたか、習うべき学校に行かなかった。中年を過ぎ、投資を開始してみたら、その辺も含めて、世界の有りようのほんの薄ぼんやりしたあたりが、ほんのぼんやり見えてきたという。ただし、医学部に通うほどの学費が今のところ費やされた。

2020年10月5日月曜日

スキットル

 


スキットル

 

深夜まで作業を続けて、大した物を食べたわけでもないのに、どんどん胸焼けがひどくなっていく。近頃、それが嫌であまり食べないようにしているのだが、それでも生じる胸焼けは、大根の千切りを生で食べることにより少しは押さえられているはずなのだが、あまり飲みたくない胃参のたぐいを仕方なく服薬しようと、テーブルをみたが見あたらない。そもそもこのテーブルは何故こんなに物が散らかっているのかと半ば憤慨しながらかき回していたら探しては忘れしていたスキットルが見つかった。骨董市でよく見る品のベストテンに入るだろう、鉄製の、旅先で飲むウイスキーなどを入れておく、あの、大人の水筒ならぬ酒筒。たしか、買ったときに、中に酒が入ったままだった。もちろん捨てた。流しにあけた液体は薄茶で、強くアルコールの匂いがしたが、人手に渡すとき、あえて中に洋酒を入れてそれ込みの売価を提示したのか、単なる入れ忘れだろうが、そんな売り買いのやりとりを僅かに深夜想像する。外見をさっと水洗いして、アルコールをしめした濡れティッシュでひととおり吹くと、ステンレスのヘアライン仕上げの地がみえた。当初、皮が巻いてあったが金属むき出しの方がいいと剥がしてしまった。その分痩せて、蓋と本体の段差がついたがこの方が私は気に入っている。古い物のはずなのだが、ステンレスのため錆びない。それともそれほど古くも無いのだろうか。いずれにしろ、中に入れるのは酒類以外思いつかない。しかも旅のお供のちょっとしたキャップだから、量的にはたくさん入らない、が、酒弱の私にはちょうどよく、どころかストレートならかなり酩酊するだろう。禁酒をする前にコーヒーを焼酎につけた。瓶の中で漆黒に育っている。それでも詰めて、禁酒一年過ぎの電車旅行へでも出かけようか。そのころには、職を辞して一年だ。
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といってもう3年 何処にも行っていないのでした

2020年10月4日日曜日

リコール

 リコール

 

トヨタにリコールの対応をしてもらいに行った。助手席のエアバッグ交換とのこと。やっておかないと、車検が通らない。困る。エアバッグはタカタ製。エアバッグについては世界シェアの多数を誇る。それが、このようなときに命取りになる。以前、トヨタの下請けをしているその土地では名門の企業に出入りしていた。ABSのベアリングかなにかの製作をしていた。ほんの、零点何ミリの誤差の世界を均一にする仕事ぶりだ。世界的なメーカーの下請けになると、経営の安定は図れるかもしれないが、その微細な誤差により、今までの経営すべてが吹っ飛ぶ。もしも、今は不具合もなく正常に動作している部品に、僅かな、しかし、決定的な欠陥があると判明したら。その担当者だったとしたら。考えただけで背筋が固まり、胃から一斉に血が吹き出す。それを自分だけの心中に納めておくことなど私にはできない。しかし、企業が一丸となってそれを覆い隠し続けた場合、損失が分かったときに手を打ったものと比べて何倍にも膨れ上がるのは、わずかな想像力ですら想像できる。それが、何万分の一の確率でも、原因を隠したら、ばれたらもうお終いなのだ。だから、何かおかしいと感じたら絶対に放置してはならない、と口を酸っぱく言われたものだが、もう勤め人ではないので、大変だなあ、とタカタの、いや、高見の見物。トヨタの対応はとてもよかった。個人的には、この暮れに、洗車してもらって本当に嬉しかった。

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二年ほど前の話です タカタも崩れていきました

2020年10月3日土曜日

こねる

こねる

 

大人の男がやりたがること、それは、いずれもこねる。叩いてもみしだきこねる。そばと陶芸


。勘違いしなさんな。何故、そばを打ちたがるのだろう。まず、最後にそばを食すという官能を満たす報酬がある。それは分かる。また、なんとなく、そば粉をこねて、押して、まとめて、という作業には邪念を払う適度な身体性が有りそうだというのも分かる。無心と集中。この、無心、というのがやはり肝だろう。無心。勤めていると無心を恋うる。たまの休みに、何もかも忘れて無心に何かに集中したい。で、そばにはそれがある。そのような仮説が思い浮かぶ。勤めを辞めると無心もむなしい。いつも無心であり無心ではないようなものだ。オンオフ切り替わらずいつも何かに追われている。不意に浮かぶアイディアに振り回される。そのような状態の基にこねられたそばはぶつぶつきれてのどごしどころではないだろう。陶芸は体験したことがある。やはり、こねる、のばす、形にする、というところに人を夢中にさせる要素が多分に含まれている。最後に器として実用物ができあがるのもいい。そう考えた場合、無心と報酬がやはり人を引きつける要素としてそばと陶芸に共通するものだと考えられる。それを応用して何か新しい物が出来ないかなどと考えて結局私はどちらの完成も失敗するような気がする。
 

2020年10月2日金曜日

片づけ

 片づけ

 


そろそろいろいろ準備を始めなければならないと思い片づけをする。なぜ準備で片づけか。ひとまずギター類をきちんと整理したい。そして、押入を久方ぶりに開けて、きちんとスペースを確保したい。もう楽器はあまり増やすつもりはないが、読んだ本、読んでない本、雑誌、もろもろ整理をはかりたい。いずれは全部売るつもりだ。簡単なところから片づけをはじめている。自分でも買ったことすら忘れていた本がいくつか出てきた。もちろん読んでいない。古井由吉「山躁賦」上林暁「禁酒宣言」小野十三郎詩集など。見て忘れていた物にジョンレノンの写真集、小倉遊亀の画集など。そのほかにも川本三郎や種村季弘などもろもろ。本は何冊くらい有るのだろう。千冊はおそらくある。たとえば、六畳の壁一面で何冊ぐらいなのか。昔に比べて本のありがたみというのは著しく毀損された気がする。読まれなくなった。本を読むほかにも楽しみはたくさんある。ネットやスマホで、しかもそれは余りに手軽に。確実に以前よりお金を使わなくて済むようになっている。もう古本屋も生業とするには厳しいだろう。以前、まだ勤めはじめの頃、何気なく上司にいつか古本屋をやってみたいと言ったら、その夢はきっと叶うよ、と何の根拠もなく言われた。おそらく今すぐその夢は叶えられる。ところで、何のために古本屋を始めたかったのだろう。暇そうだからか。見たこともない本が手元に入ってくるからだろうか。そのようなメルヘンでは明らかにやっては行けまい。ましてや状況は当時とはまるで違う。お金も使わなくなった、が、ということは稼げなくもなったということだ。本も音楽もなくなりはしないがつくるのも商うのも厳しくなっている。商うのが厳しいのはサラリーマンとて。そういう場所を誰もが歩かなければならない時代がくるのだろうか。が、絶対になくならない。本も音楽も芸術も。人間の世界からは絶対に。

2020年10月1日木曜日

ジャンクフード


 ジャンクフード

 

テレビを見ていたらオランダの夕食がフライドポテトだけというので驚いた。と同時にそのフライドポテトはとてもうまそうに見えた。そう、私はジャンキー。無類のジャンクフード好き。とりわけアメリカンドック。いいですね。アメリカンドッグといえば高速道路で遠出したとき、サービスエリアで食べるものと相場が決まっていた。値段も結構した。それが今やコンビニで駄菓子のように買えるのはうれしい限り。アメリカンドッグはやはりセブン。このあたりで以前にもアメリカンドッグについて書いたような記憶が浮かびつつあるが、なんといってもイレブン。アメ=セブンイレブン。アメリカンドッグの具?といえばソーセージ。アメリカンドッグのソーセージ、あれ、柔らかくておいしい。もし、あの甘い衣の中のソーセージが本格あらびきフランクだったら。絶対に違う。ぱりっとした歯ごたえが第一歯ごたえのあとに来たら歯の違和最大。アメリカンドッグの場合、具は勝ってはいけない。負けだ。具と衣がすっとひと噛みでほおばれて、咀嚼の課程でなめらかに渾然一体となり気がつくと食べ終わっているというのがアメリカンドッグという食べ物。異論がある人はドーナツと本格粗挽きフランク、ダブル買いでお願いします。アメリカの朝食にありそう。で、付いてくるケチャップとマスタード。もう少し分量が多いとうれしい。また、マスタードはくすんだ黄色の、酸っぱくて辛くないあの嘘くさいマスタードの方が今の粒マスタードよりもよりリアルなのだが、いろいろとコスト面、技術面で難しいのだろうとは理解できる。