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2020年6月16日火曜日
世代間戦争
2020年6月15日月曜日
残業について
そもそも、仕事を副業と考えていたので、残業は時間の無駄としか思えなかった。正直、おつきあい残業もあった。総残業時間の四分の一ぐらいか。残業をしない仕事に全霊をかけていた。そしてそれが出来る職場だったと主観だが思う。それなりの成績は残業をせずともあげてきた。ただ、私がしなかった残業の分が誰かの仕事のしわ寄せになっていなかったとは言い切れないので、残業の多い人を非難は出来ない。事実としては、残業が少なかったので、多い人よりは給料がグンと少なかったこと。これだけは言える。残業の時間、緊張感のない、たゆんだ時間、別に友人でもない職場の人間と遅くまで机を並べる時間が本当にいやだった。好きで残業をしているわけじゃありませんよ、本当は早く帰りたいですよ、と誰もが言った。残業は人についてまわるとみんなが言っていた。しないひとはしない、するひとはする。これは自分の居た職場だから言えることだったかもしれない。転職してきた人間は、なんて楽な職場なんだろう、と口々に言っていた。私も前職に比べて格段に楽だと思った。しかし長年いるうちに慣れて、他の職場の事をうまく想像できなくなっていった。しかし、つけない残業というか、残業に含まれるかどうかという微妙な時間、たとえば、始業前の仕事の段取り(私の場合は朝起きたときから出勤時間含め仕事段取りの構築で頭の中がいっぱいだった)などは脳内残業なのでつけられない。医学的所見のない疼痛症のようなもので、記録できない。仕事は副業と考えていても、いつも心の中に残した仕事や懸案が決して少なくない割合で場所をとっていたが、それは給料をもらって働く以上誰でもそうだろう。そのようなことを考えると、仕事が人生の大半の時間を使い、仕事=人生となる、またはそう思わなければやってられないというのはもっともな話だ。私はそうは思えなかった。それなりの仕事はしたと思うが忘れてしまった。そしてもうそれなりの仕事をしていく自信も気力もなくなった。別の事で勝負したくなってしまった。会社はそんな人間を出したいと考えた。思惑が一致した。こうして残業も、副業も趣味も休養も本業もごちゃごちゃの無秩序な世界の入り口に入った。
2020年6月14日日曜日
家計改善
家計改善に効果を発揮する一番顕著な物と言えば保険の見直しと思う。盛んに保険を見直せ見直せとCMが流れる。そもそも保険はそれほど必要な物なのだろうか。私自身、入院をして保険金をもらったことが二回ある。子供もけがで保険を受けたことがある。しかし、もらった保険金はどのように使ったか忘れてしまった。私が想定する月の掛け金額は最大でも家族で二万円だ。そのほかに火災保険と自動車保険が必要だ。今は自分で組める保険などいくらでもある。ネットで手続きも完結できる。ただし、保険を掛け替えるのは本当にめんどくさい。今までの物をやめる。新たに入り直す。その手続きに丸一日は確実にかかる。それを無知識から自分で選択し手続きし直しなんて、とてつもない労力を要しそうだ。それゆえ、訳もわからないうちに若くして加入した保険に、月に五万円も払っている人が私と同世代には多いのだろう。面倒でやらない、ということはたくさんある。たとえば、私はインターネットのプロバイダの乗り換えに一回失敗し、つながらなくなったことがあるので手を着けるのをやめた。それによる最安との差はおそらく年間二万円程度だろう。保険の場合は見直しで10万単位の年節約も大いにあり得る話だ。めんどくささと金額を天秤にかける。私の場合はその金額なら面倒さをとると思う。しかし私は若い内にとうにその対策はしてしまったので、削れる物も限られている。外出の減った分、スマホのプラン見直し程度しか固定費を削ることができない。その分投資をがんばって入り口を増やせればいいのだが。65
2020年6月13日土曜日
シルキーパープル
シルキーパープル
ヤマハのドラムセットYD9000は未だに高い人気を誇っている。ジャズテイストのインスト音楽がクロスオーバーと言われた時代の代表的なドラムの音がこのセットだ。
私は「ネイティブサン」というバンドのドラム音でYD9000を認識しているが、それはジャケットにその木目カラーのドラムセットが写っていたからで、実際のレコーディングでは違うドラムが使われたのかもしれない。が、おそらく村上ポンタ氏はヤマハと当時エンドース契約をしていたと思われるので実際にあのリアルウッド(木目カラー)のセットを叩いていただろう。
当時音楽スタジオにおいてあるセットはみんなそれだった。シンバルはジルジャン。それがその時代のスタンダードな音だった。
そのYDは9000、7000、5000、3000とシリーズがあり、数字の多い方が高い。そのなかで9000と7000にだけ設定されていたドラムの色がある。それがシルキーパープルだった。
ヘアラインフィニィッシュという線を細かくひっかいたようなカバリングが当時はやっていたのだがヤマハではそれをシルキーと言っていて、シルキーブルー、シルキーブラック、シルキーブラウンなどに混ざって設定されていたのがそのパープルだった。
パープルは高位モデルの象徴であり私のあこがれの的だった。高校のけいおんでは各バンド、同じドラムを使う。当時の3年にお金持ちのぼんがいて、シルキーパープルのセットがあった。9000の方だった。バスドラムのリムが木製なのが9000。またラグ(当時舟形と言った)の形も違う。シンバルはパイステのフォーミュラ602だった。プロと同スペック。当時私は自分のベニア板のセット、パールのモダンジャズというセルロイド下敷きのような柄の20インチバスドラムのセットを持っていて、それを自分が最高に叩きやすいように改造していたので、音はともかく、その9000のセットは叩きにくくて仕方なかった。
先輩が卒業するときドラム一式を同級生のY子がたしか十万円で譲り受けていたと記憶している。Y子さんは途中から軽音に入ってきて、ドラムは全くの初心者だった。私は中学から叩いていたので頼まれてドラムの手ほどきをすることとなった。そこで、何かが芽生えるかと言えば全くそんなことはなく、そもそも、彼女はエイトビートを30分程度で叩けるようになってしまった。
それからは負けん気の強い彼女は、自分で練習を重ね、一ヶ月程度で普通に叩けるようになり、その後もめまぐるしく上達していくのであった。
ただ、叩く姿勢が私に似てしまい、彼女のバンドのメンバーから後でさんざん文句を言われた。
2020年6月12日金曜日
ウクレレ商会
ウクレレ商会
集めたウクレレが五十本程度。高安まちまち。
かつて日本にはハワイアンブームがあったらしい。いろいろな楽器メーカーがこぞってウクレレを売った。ヤマハ、カワイ、スズキ、ルナ、ピアレス、ビクター、その他。材質もまちまち。マホガニー、メープル、コア、ローズウッド、ラワン、ナトー。昔の楽器は今よりもいい材質を使っていたと言うがどうだろうか。合板(つまりベニヤ)の技術が確立されていなかった分単板(一枚板)で作られているため音がいい、というのは本当だろうか。確かに音がでかい。しかしそこはウクレレのこと。近所迷惑になるほどではない。
ウクレレの音を擬音すると「コロコロ」とよく言われるが、おそらく半世紀は壊れず、生き残ってきた楽器、カラコロと乾いた音が心地いい。塗料も昔ならではのラッカー。剥げもまた味。傷もしかり。
誰がどのように新品で購入し、ここへ吹き溜まり付いたのか。古物にはその来歴がどの品にもあるのだろうが、それを気持ち悪がる感性はない。ちなみに死後の世界も幽霊も全く信じない。いても見えない。
そんな人間だがウクレレをいつか商いたい。小さいので場所をとらない。重くない。つり下げられる。試奏も可能。価格帯は特別な物をのぞいて三千円から一万円程度としたい。全部売っても最大三十万円。
売り切る期間は見当も付かない。ウクレレ商会。ただいま諸々準備中。11
2020年6月11日木曜日
つゆで食べる
つゆで食べる
明石焼きというのはだしにつけて食べる。たこ以外具のない玉子がちなふわふわの生地で、大阪で初めて知った。ではお好み焼きはつゆで食べてはいけないだろうか。
お好み焼きは野菜のつなぎ程度に粉をつかって緩く焼くのが好みである。キャベツに揚げ玉私はみじん切りのタマネギで甘みを足す。玉子は生地に混ぜてもいいが片面を焼いているときに割りおとしてもいい。
2020年6月10日水曜日
クレーマー
クレームの多い業態であった。いや、どんな業態だろうとクレームは付き物だろう。
クレームは正当なものであれば当然真摯に対応しなければならない。そのくらいの倫理観はある。
しかし、書いてある文言をおれのいうとおりに直せ、なおしたものを持ってこい、などとパンフレットの記載について言われたりすると、どうにもならない。
それを作り直すのにどれだけの費用と時間がかかるか。思い通りにならない、あるいは無理と相手が承知で付けてくるクレームというのはどうしようもない。しかし、近頃、そういったクレームについて、少しずつ意識が変わってきている様に感じる。
客とサービス(物品含む)提供者の関係が対等なものへと是正されてきつつあるのではないだろうか。過剰要求には断固とした態度をとる。(ただ、要求が過剰かの線引きは難しいし慎重を期されなければならない)あるいは、いずれ感情の絡まないロボットが接客をする時代になる。
いままで過剰要求をしてきた、それが目的化していたようなひとはサービスからはじき出される。はじき出されないためには、過剰要求をして余りある利益をサービス提供者にもたらさなければならない。