Translate

2018年2月14日水曜日

模様替え


模様替え

すこしずつ部屋の片づけをしている。
仕事で何百ものお宅にあがらせてもらったが、我が家の散らかり具合はちょっとレベルが違う。
断捨らないのでものが溜まる。
とくに私がそのうち売ろうと思っているもの、よく考えずにポチッとやってしまったもの、もろもろであふれかえっている。
ストレスを所有欲を満たすことで解消していたのだなあ、と暇になってみてつくづく思う。
出窓の上に重ねてあった物を整理した。
窓から一本樹が見える。
物で隠れていた。
以前それとは別にケヤキの樹が道の向こうにあってその枝の揺れ具合で風の強さを見当していたのだが、切られてしまった。
したがってしばらく風の具合は洗濯物や実際の窓開けで確認していた。
新たに確認の樹ができたとしばらく見ていたのだが、かなり風があるはずなのにあまり樹が揺れない。
針葉樹のようだ。風を通してしまう。
その向こうにネットが見えるが遠すぎで揺れはわからない。
ほかに電線と雲が見える。窓に結露がある。まだまだ寒い。

2018年2月13日火曜日

日から月

以前 単身赴任をしていたときのお話です

//////////////////////////////////


日から月

月曜日の早朝、午前345分。
日曜の午前0時を三時間四十五分経過した夜中に車に乗って山梨に向かう。
そのような生活をしばらくした。
日曜の夜に家族に見送られて赴任地へ行くのが切なかったからだ。
日曜の夜に行くときは最寄りからバスに乗って駅まで向かい新宿のバスターミナルへ行く。
それがだいたい午後九時四十五分。
明日から仕事だろうにそんな時間でもたいそうな人出がある。
ストリートミュージシャンや買い物帰りのひと。
そういえば後輩で「月曜日の朝八時五十九分まではプライベートの時間ですよ」と豪語し眠らずに遊び歩いていた奴がいたことを思い出す。
今の新しいターミナルになる前の西口の。
バスの出発まで三十分程度時間があり、その時間をいつも持て余した。
ぼんやりカウンターの係員の女の人をみていたりした。
その人は客に対しては絶対に笑顔を見せなかった。
後ろから他の係員に声をかけられて答えるときにはほほえみがてらだったりするのに。
それで任地につくのは午前零時十五分。そこからまたタクシーで七分。
それが嫌になり車で行き来をはじめたのだが、その時間帯にもぽつぽつと車は通行している。
トラックが多いが、普通車の交通もある。多分私と同じような理由の車もいるだろう。
高速で前後にライトが流れる。
この時間帯に一人で車内にいると本当に寂しく、眠くなる。
ナビのテレビは電波を拾わず、ましてそもそも放送休止の時間である。
ラジオもほとんど休止しているがそれでもかちかちチューニングしていると、人の声が聞こえてくる。それは何かの講演であったり、全く聞いたことのバンドがやっている音楽番組だったり、しかし、なにも聞こえないよりはましだ。
単なる音楽だけでは気が紛れない。
人の話し声が無性に聞きたい時間帯なのだ。
バンドの名前は覚えていないが、そのバンドの曲が流れ、リスナーからのメールが読まれる。
午前四時にリスナーに電話をかけると起きてラジオを聴いている。
この間のライブはよかった、とかいついつのライブ楽しみにしています、などと会話して、いつも応援ありがとう、これからも応援してね、とやりとりしている放送は正直全くおもしろくない。
しかしひととひとのやりとりが行われている声が聞こえないよりずっと救われる。
以前、そこまで心もちが弱るシチュエーションと時間帯が月曜の早朝三時から五時の間に私にあった。

////////////////////////////////////

そして 弱いメンタルは時間がたっても直らないのでした

2018年2月12日月曜日

肉じゃがカレー

肉じゃがカレー

肉じゃが三日目、タマネギとジャガイモの味噌汁二日目。お弁当のこりの青物少々。カレーにチェンジする。すべて鍋にあけて、りんご二切れすり下ろし。焼き肉のたれ適宜、ケチャップ適宜、水少し。煮立てたところで袋のカレー(1キロ入り700円のとろけるカレー)大さじ1強、S&Bとインデアン粉カレー併せて大さじ1強。とろみがついたら完成。所要時間十分弱。肉じゃがに甘めの味がしみているのとリンゴ、ケチャップにより甘い、があとからきっちりと辛みが来る。かなり辛い。あっという間に食べ終えてこれを書いているが口がひりひりとまだ熱い。

2018年2月11日日曜日

エアチェック


エアチェック

ユーチューブは時間イーターでいろいろと検索しているうちにどんどん時間が過ぎてしまう。
時折、思い立って1980年頃の日本のロックを集中的に検索する。
そんな中、RCサクセションのパイオニアスタジオでのライブをフルで見つけた。
私は当時高校一年で、その夏は本当に寂しい夏だった。
とくにアルバイトをするでもなく、当時くんでいたバンドの練習もそう毎日やっていたわけではない。
今では信じられないのだが、当時は、いつも誰か人と会っていないと居られなかった。
しかしそうそう毎日誰かに会えるというわけでもなく、退屈して、よく実家の和室に扇風機をまわして寝転がっていた。
そのライブのテープは当時の友人から無理矢理借りた。
音楽はもとよりライブのMCが人恋しい気持ちを癒してくれた。
今回ユーチューブで見つけた音源はそのエアチェックテープよりも格段に音がよく、残念なことにMCがほとんどカットされていた。
しかし、「ラプソディ」や「君が僕を知ってる」などはいろいろな演奏の中でこのライブ音源がベストだと私は思っている。
とくに、G2(ゴンタ2)のアコースティックピアノがすばらしい。
よけいなシンセなどが入ってなくて、R&Bよりのロックバンドの生のグルーヴがよくパッケージンクされたすばらしい音源だ。
しかし、あの高校一年の夏、TDKの一番安い灰色のカセットにエアチェックされた少しこもり気味の、ラジカセで聞いたバージョンが今も恋しい。
鬱屈した倦怠の夏、何度も繰り返して聞いて、とうとう友達に返さなかったあのテープ。あれにその夏の寂しさは随分と救われたのだ。


2018年2月10日土曜日

焼き物


焼き物

焼き物の趣味は特にない。
しかし、陶芸の先生を仕事上知る機会があってアトリエに何度かお邪魔した。
陶芸教室を開きながら、アトリエの隅にカフェスペースがある。
そこに、陶器でできたスピーカーが置いてあった。
私はそちらの方に興味があったので、面白いですね、と言うと、陶器をキャビネットにするとなかなか面白い音がでるんですよね、と言っていた。
確か、ジョーダンという昔の酒瓶のような形のイギリス製スピーカーがあった。
自分でうまくフルレンジでも組み込めば、音はどうあれ所有する喜びは大きそうだ。
その教室は飯岡の海沿いにあった。
近くに、地層が露わになった海岸がある。
このあたりでは平石を石垣に積む。
その石はこのあたりの独特なものだという。
筒のようになっていて、その表面が細かい穴で覆われている石があり、その筒を聞いてみるとさらさらとかすかにノイズが鳴っている。
洗いたての水滴を纏ったコップに炭酸水を注いだようなさわさわしたノイズ。
不思議な石の筒。
あ、あの石、もしかしたらさつま芋のような形状で、すべすべしていたかもしれない。
今思い至った。
そして、その地独特の地層がある。
それを土に使った焼き物を今実験的に試していると言っていた。
試作品を見せていただいた。
ちょっとした和え物などを入れるような小鉢で、深い青、群青を少し薄くした青に螺鈿のようにちらちらと細かい、輪に似た不定形の文様がうっすらと入っている。
これがこの土の特徴らしい。
その地ならでは、とか、試作品、などといった限定性に浮かされたのか、いろいろな角度からその小鉢を手にとって眺めた。
明るみに透かしたり、真上から見てみたり、近づけたり離したり。
これ、いいですね、を連発した。できれば売ってくれないかなと思いつつ。
しかし、そんな裏を見透かしてか、売買の話には触れようとしなかった。
あれから数年経っているが、作品として、売買の対象となっているのだろうか。
いまでもたまに思い出す、あの小さくて深い青の陶器。

2018年2月9日金曜日

ドラムの色


ドラムの色

楽器をやらない人はおそらく、テレビに楽団が写っていても背景としか認識されないだろうと思うが、それが普通。
しかし、懐かしのメロディーみたいな番組では、私なぞはどうしてもドラムに目がいってしまう。
ドラムにも流行すたりがあって、今度見てみてください、ずらーっとたくさんの太鼓が並んでいたり、シンバルがすごく高い位置にセッティングされていたり、逆に太鼓の数がすごく少なくてシンプルだったり(60年代くらいはこういうセッティングしかなかったといってもいい)いろいろとバリエーションがあって面白いので。
ドラムの色についてもやはり流行すたりがあって、バブル世代のひとが小学生の時に使ったセルロイドの下敷きみたいな貝殻の裏みたいな色と模様のものや、普通の白、普通の黒、普通の赤、あるいはヘアライン仕上げの単純ではない青や黒、アクリル製の透き通ったドラムまで、時代によって様子が変わる。
そして、先日、私は今はもう倒産してなくなってしまったアメリカの「ロジャース」というメーカーの(70年代の終わり頃一世を風靡した)フロアタム(床に置くドラム)を入手した。
これで大太鼓、中太鼓と持っていたのでセットが揃ったという案配だが、色が違うのだ。黄色いセットに今回加わったのは黒。
一つだけ色違い。
これはこれでメーカーが同じなのでいいと言えばいいのだが、ドラムセットで一つだけ色違いというのは小太鼓以外は普通はない。
黄色、黄色、ときて黒。
ちょっとみっともない。そこでいろいろと考えてみた。
そして、ドラムの色は車のカッティングシートで代用できるのではないか、という発想に至った。
となればお得意のアマゾンだ。
使えそうな物がいくつか見つかる。
車をラッピングしてしまうというシートが今はいろいろ出回っているのだ。
車関係も新しいことを考える人が居るものだと思う。
それを応用して別の用途に使おうとしている。
このような経験は何度かしているが、思惑がどんぴしゃにはまったときの快感といったら、ない。
今回も吉と出ることを願ってドラムのカラーチェンジに挑戦してみることとしよう。

2018年2月8日木曜日

内勤の四季


内勤の四季

純粋な内勤はつとめていた期間の内三分の一くらいか。
そのほかは外勤、内外半々、なにかにつけ表に出る機会がある職種だった。
季節は外出で知る。
春には桜があちこちに咲き、夏には額に汗をする(とくにがむしゃらに働かなくても)秋には色づく雑木林を見て、冬は昼飯に暖かい物が恋しくなる。
私はそういうルートだったが、どういう訳かずっと内勤のルートを行くひとがいる。
私の勤めていた職場ではだいたい三年ごとに人事異動があり、基本、誰もが何でもやる。私も総務セクション以外はすべてやった。
ずっと内勤のひとの四季はどのような物なのだろう。
何年も屋内にいて、昼休み以外には表に出ることもなく。
見える景色は窓の外だけ。
その窓も、場合によってはブラインドで遮られ、蛍光灯の明かりの下。
机の上に書類を広げ、ディスプレイと書類を視線が行き来する。
電話がかかってきてそれに答え、打ち合わせをし、机に戻る。
それが20年続く。私には耐え難い。
やはり、晴れた日の日中は仕事であれ気持ちがいい。
時間があれば何気ない神社にほんの少しお参りしたり、鬱蒼とした林道の端に車を止めて休憩をしたりする。
五月は栗の花が濃くにおう。
そして思ったより雨が多い。
小雨の林道でフロントガラスの水滴越しに霞む青葉の木立と稲田をぼんやりと見ている。次のアポまで時間があいた。
そんな時にはいやがをにも季節を感じさせられた。
今はいろいろなところのそんな風景、県内のさまざまな林や小径、公園から見える風景ばかりランダムに思い出したり、夢に見たりしている。
ひとと話すことが苦手で、営業などとんでもないと思っていた。
しかし配属はほとんど対人業務だった。
すこしは適応があったのだろうか。
嫌なことが必ずしも苦手とは限らない、が確実に四季毎に心は蝕まれていった。